「ハルユタカ30周年を祝う会」が開催されました!

| コメント(0)

 2016219日、小麦品種ハルユタカが誕生して30年が経ったことを記念し、その節目を祝う会が江別市内で催されました。会場には小麦生産者をはじめ、食品会社、研究機関、行政機関など道内各地から約130人が集まり、講演、トークリレー、交流会などを通してハルユタカのこれまでの歩みを振り返りました。



4C7A0539.JPGのサムネール画像
 

基調講演は、北海道立総合研究機構中央農業試験場の吉村康弘氏による『北海道産小麦の変遷とハルユタカの果たした役割』。栽培技術の向上により、この50年で北海道産小麦の生産量が飛躍的に増加し、北海道が小麦の主産地になったことや、多くの品種が生まれては消えていく中でハルユタカがどのようにブランド化を遂げていったのかを、品種特性や栽培技術・加工技術の発展など様々な面から解説していただきました。

 

続いて、『ハルユタカがつなぐ過去~現在~未来』と題し、ハルユタカにゆかりのある方々が、当時の思い出や今後の期待についてトークリレーを行いました。

30年前にハルユタカの育成に携わった前野眞司氏は、世に出る直前のハルユタカの実需評価を、弊社社長の安孫子は家庭用にハルユタカ100%の粉を売り出した経緯を、帯広の満寿屋商店の杉山輝子会長は「地元十勝産ハルユタカでのパンづくりを実現するために奔走していた」亡きご主人の思い出を語りました。

 その後も、当初は江別の一部の生産者が取り組んでいたに過ぎなかったハルユタカの初冬まき栽培を他地域にまで拡大定着させるのに貢献した農業改良普及員や元農業試験場職員、初冬まき専用の播種機を作った農機設計者、農商工連携のシンボル商品「江別小麦めん」を発売した㈱菊水の杉野邦彦社長とそれをサポートした行政マン、ハルユタカをインターネットで販売している「北海道からのめぐみ」運営者の楠本幸喜社長、現在ハルユタカを栽培している生産者の方々......と、時間いっぱいまで熱のこもったトークが続き、会場は「ハルユタカ愛」に包まれました。

 

ハルユタカが世に出る前は「国産小麦ではパンが焼けない」と言われていたと聞きます。今では国産のパン用小麦品種も増えてきて、多くの方が様々な品種でパン作りをされるようになりました。とはいえ、元祖パン用小麦ハルユタカの人気は30年経った今でも健在で、私たちのもとにも「この小麦でなければダメ」との声が毎日のように寄せられます。通常、小麦の品種は約10年ごとに新品種に更新されていくと言いますから、ハルユタカの"ご長寿"ぶりは特筆すべきもの...これもハルユタカを愛し、支えてくださる皆様のおかげです。

また、病気や雨害に弱いハルユタカはこれまで何度も不作に見舞われ、一時は「幻の小麦」と呼ばれる状況になっていました。『ハルユタカ30周年を祝う会』発起人代表の片岡弘正氏(ハルユタカ生産者。初冬まきの先駆者で『江別麦の会』会長)は、冒頭の挨拶でハルユタカの安定栽培にこぎつけるまでの危機を振り返りながら「たくさんの方から生産を増やしてほしいと言われている。求められるものを作るのが生産者の使命だ」と力説されました。私たち江別製粉も、引き続き産地のご理解ご協力をいただきながら、ハルユタカの生産振興に努めてまいりたいと思います。

 

 (注1)ハルユタカ初冬まき栽培

ハルユタカは春に種をまき、夏に収穫する「春まき小麦」の一種だが、播種を前年初冬に前倒しし、雪の下で発芽、越冬させる栽培技術。この初冬まき技術の確立により、赤かび病や穂発芽といったハルユタカを栽培する上でのリスクを軽減し、品質・収量などを大幅に向上することが可能となった。


コメントする

このブログ記事について

このページは、akamaが2016年4月18日 09:28に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「アルティザンブーランジェコンクール北海道2016 本選が開催されました!」です。

次のブログ記事は「江別の小麦畑、ハルユタカ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。